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釜山への旅行を計画している方の中には、日本から近いこの港町に残る日本統治時代の歴史的な建物や、当時の面影を色濃く残す水晶洞の日本式家屋に関心を持っている方も多いのではないでしょうか。かつては敵産家屋と呼ばれた建物が、現在は「文化共感 水晶」のようなカフェや文化施設として活用されている様子は、歴史の重層性を感じさせてくれます。この記事では、筆者が実際に現地を訪れて感じた空気感とともに、釜山に残る日本統治時代の建築遺産をご紹介します。
- 本記事を読んでわかるポイント
- ・釜山に残る日本統治時代の代表的な建築物とその歴史的背景
・水晶洞日本式家屋(「文化共感 水晶」)の建築的な見どころと魅力
・人気ドラマやMVのロケ地としての水晶洞日本式家屋の楽しみ方
・釜山観光のルートに組み込みやすい近代歴史スポットのアクセス情報
釜山に残る日本統治時代の歴史的な建物

釜山は地理的に日本に最も近いこともあり、日本統治時代の歴史を感じさせる建物が数多く残されています。ネガティブな歴史として捉えられることも多い時代ですが、歴史の証人として保存されているこれらの建築物は、現代の釜山の街並みに独特の深みを与えています。まずは、筆者が実際に訪れて印象に残った主要なスポットをご紹介しましょう。
釜山広域市公式サイト: Busan is good
臨時首都記念館に見る官舎の歴史

釜山の土城(トソン)エリアにある「臨時首都記念館」は、もともとは日本統治時代の1926年に慶尚南道の知事官舎として建てられたものです。奇麗なレンガ造りの立派な洋館で、一見するとここが韓国であることを忘れてしまいそうな雰囲気があります。
この建物の歴史は非常に興味深く、太平洋戦争が終わり大韓民国となった後も引き続き知事官舎として使われていましたが、朝鮮戦争(1950~1953年)の際には韓国政府が一時期、ソウルから釜山まで撤退し、ここ釜山が臨時の首都となりました。臨時首都記念館の建物は、その時の大統領の官邸として利用されていたという歴史を持っています。
筆者が訪れた際は、残念ながら朝早すぎて開館前だった上、激しい雨に見舞われてしまいましたが、外観だけでもその重厚な歴史を感じることができました。現在、展示室として使われている建物は日本の行政担当者が使用していたもので、映像室の建物がかつての官舎だそうです。
臨時首都記念館の営業情報
| 営業時間 | 9:00から18:00 |
| 休館日 | 毎週月曜、1月1日 |
| 入場料 | 無料 |
| アクセス | 地下鉄1号線「土城(ToSeong)」駅の2番出口を出て徒歩3分。 |
釜山広域市公式サイト: 臨時首都記念館のページ
釜山近現代歴史館に残る東洋拓殖の記憶

次にご紹介するのは、釜山の近代化と支配の歴史を象徴する「釜山近現代歴史館」です。この建物は、日本統治時代の1929年に「東洋拓殖株式会社釜山支社」の社屋として建設されました。東洋拓殖といえば、歴史の授業で聞いたことがある方も多いと思いますが、朝鮮における土地経営などを行っていた日本の国策会社です。
昭和初期のオフィスビルらしい重厚感のある造りで、外観は2階建てに見えますが、実際は3階建てになっています。建物内部の階段の手すりなど細部の造りもしっかりしており、当時の建築技術の高さがうかがえます。
戦後はアメリカ文化院として使われた時期もあり、まさに釜山の近現代史の荒波をくぐり抜けてきた建物といえます。館内には、釜山港の歴史や当時の人々の生活、路面電車の路線図などが展示されており、「温泉マーク」が記された地図などを見ると、日本とのつながりを強く感じずにはいられません。
釜山近現代歴史館の営業情報
| 営業時間 | 9:00から18:00 |
| 休館日 | 毎週月曜、1月1日 |
| 入場料 | 無料 |
| アクセス | 地下鉄1号線「中央(JungAng)」駅の5番出口を出て徒歩7分。 |
釜山広域市公式サイト: 釜山近現代歴史館のページ
峨嵋洞碑石文化村の日本人墓地の痕跡

次は歴史的な建物とは少しニュアンスが異なりますが、日本統治時代の痕跡を残す場所を紹介します。華やかな洋館とは対照的に、人々の「生きるための切実な選択」を目の当たりにする場所が「峨嵋洞(アミドン)碑石文化村」です。ここは、日本統治時代に日本人の共同墓地があった場所でした。
1945年に日本の統治が終わると墓地は放置されましたが、その後の朝鮮戦争で押し寄せた避難民たちが、平らな土地も資材もない中で、墓地の上に家を建てて暮らすようになりました。その際、墓石や石段を家の土台や壁の材料として再利用したのです。
現在でも、路地の階段や家の壁に、日本語の文字が刻まれた墓石がそのまま残っている様子を見ることができます。日本人としては複雑な心境になる光景ですが、極限状態で生き抜こうとした当時の人々のエネルギーと歴史の現実を伝える、非常に重要な場所だと感じました。
峨嵋洞碑石文化村へのアクセス情報
峨嵋洞碑石文化村へのわかりやすいアクセスは、地下鉄1号線「土城(Toseong)駅」で下車して6番出口を出ます。そこからスマホのナビを見ながら山側へ歩いて行くと、途中から小さな階段や路地が続き、そのまま進むと峨嵋洞碑石文化村に入ります。徒歩約15分ですが、行きはほぼ登り坂なので20分くらいかかる場合もあります。歩きやすい靴で訪問することをおすすめします。
敵産家屋とよばれた建物の現在

韓国では、日本統治時代に残された日本人所有の財産や家屋のことを「敵産家屋(チョクサンガオク)」と呼びます。「敵の財産」という意味を持つこの言葉には、植民地支配の痛みが込められています。
解放後、多くの敵産家屋は取り壊されたり、全く別の用途で使われたりしましたが、近年ではその歴史的・建築的価値が見直されつつあります。負の遺産として排除するのではなく、後述する文化共感水晶(水晶洞日本式家屋)のように、歴史的価値を維持しつつリノベーションしてカフェや文化空間として再生させる動きが活発になっており、若い世代にとっては「レトロでフォトジェニックな場所」として新たな価値を持ち始めています。
観光で巡る日本統治時代の建築遺産
釜山観光において、これらの歴史的建造物を巡ることは、単なる物見遊山以上の深い体験をもたらしてくれます。特に今回ご紹介しているスポットは、地下鉄やバスで比較的アクセスしやすい場所に点在しています。
■ 釜山にある主な日本統治時代の建築遺産
| スポット名 | 最寄り駅 | 特徴 |
|---|---|---|
| 臨時首都記念館 | 地下鉄1号線 土城駅 | 大統領官邸としても使われたレンガ造りの洋館 |
| 釜山近代歴史館 | 地下鉄1号線 中央駅 | 旧東洋拓殖ビル。釜山の近現代史を学べる |
| 水晶洞日本式家屋 | 地下鉄1号線 釜山鎮駅 | 保存状態が極めて良い純日本式家屋 |
通常のショッピングやグルメ観光の合間にこれらを訪れることで、釜山という街が歩んできた道のりをより立体的に理解できるはずです。
釜山の日本統治時代の歴史を映す水晶洞日本式家屋

さて、今回の旅の中で筆者が最も感銘を受けたのが、釜山の水晶洞(スジョンドン)にある日本式家屋です。ここは単なる古い家ではなく、日本統治時代の空気感がそのまま真空パックされたような、不思議な静寂に包まれた場所でした。
VIST BUSAN 公式サイト:文化共感 水晶
水晶洞日本式家屋(旧:貞蘭閣)の由来
釜山の水晶洞(スジョンドン)にあるこの日本式家屋は、1943年に釜山で事業を行っていた日本人実業家、玉田稔氏によって建てられました。数寄屋造りのような繊細さと書院造の格式を併せ持つ、木造2階建ての非常に豪華な邸宅です。
戦後、日本の統治が終わるとこの屋敷は「貞蘭閣(ジョンランガク)」という名の高級料亭として使われることになります。韓国の政財界の要人たちが密談を交わす場所として長く利用されたため、奇跡的に解体を免れ、当時の姿を留めることができました。
その後、2007年に国の登録文化財となり、現在は「文化共感 水晶」という名称でカフェや文化施設として一般に開放されています。料亭としての歴史があったからこそ、これほど美しい状態で保存されたというのは皮肉でもあり、幸運でもあります。
IUのMVやドラマロケ地としての人気

歴史的な背景もさることながら、この水晶洞日本式家屋を一躍有名にしたのは、メディアへの露出です。特に有名なのが、韓国の国民的歌手「IU(アイユー)」の楽曲『夜の手紙』のミュージックビデオのロケ地として使われたことです。
ミュージックビデオの中で描かれる、古い木造校舎のようなノスタルジックな雰囲気は、まさにこの家屋そのもの。ファンの間では聖地巡礼のスポットとして大人気となりました。そのほか、AKMUの『思春期』のミュージックビデオにも使われています。
また、ドラマ『ミスター・サンシャイン』などでは、料亭で密会する室内のシーンなどの撮影にこの水晶洞日本式家屋が使われており、多くのファンが訪問しています。そのほか、映画『悪いやつら』、『将軍の息子』などのロケ地にもなっています。
文化共感水晶のカフェと雰囲気

現在、この建物は「文化共感 水晶」として運営されていますが、建物内はカフェとしても運営されています。つまり、建物内部を見学するだけでなく、和室のお座敷でお茶を楽しむカフェとしても利用できるのでます。建物の入場料は1,000ウォン(約110円)と安価に設定されていますが、建物の維持管理への協力という意味も込めて、ぜひドリンクを注文してゆっくり過ごすことをお勧めします。
おすすめの過ごし方: 1階奥の厨房で飲み物を注文し、自分でお盆を持って2階のお座敷など好きな席へ移動します。メニューにはコーヒーのほか、ナツメ茶や生姜茶などの韓国伝統茶もあります。
筆者が訪れた日は雨が降っていましたが、雨音を聞きながら畳の上で温かいお茶を飲む時間は、何とも言えない贅沢なひとときでした。観光客でごった返しているわけではなく、静かに読書を楽しんでいる方もいて、とても落ち着ける空間です。
書院造の建築美と二重階段の構造

建築好きの方には、細部の意匠にもぜひ注目していただきたいです。1階と2階には広い畳のお座敷があり、床の間や違い棚、精巧な欄間(らんま)など、本格的な書院造の特徴が見て取れます。
特に印象的なのは、2階へと続く階段が2つあることです。一つは玄関近くにある立派な客用階段、もう一つは裏手にある急な使用人用階段です。これは当時の身分制度や、主人と使用人の動線を明確に分ける日本の屋敷特有の構造で、当時の生活様式を色濃く反映しています。
また、庭に面した長い縁側(エンガワ)は、窓ガラス越しに四季折々の庭園を眺められる特等席です。古いガラス特有の歪みが、景色をよりノスタルジックに見せてくれます。
水晶洞日本式へのアクセスと営業情報の詳細

水晶洞日本式家屋へのアクセスは比較的簡単です。最寄り駅は地下鉄1号線(オレンジ色のライン)の「釜山鎮(BusanJin)」駅で、釜山鎮駅を下車して1番出口から出るのが便利です。駅からは少し坂を上がりますが、徒歩5分程度で便利がいいです。なお、釜山鎮駅の隣の「草梁(ChoRyang)駅」からも徒歩10分くらいでアクセスできます。
水晶洞日本式家屋「文化共感 水晶」の営業情報
| 営業時間 | 10:00から17:00(最終入場は16:30まで) |
| 休館日 | 毎週月曜 |
| 入場料 | 1,000ウォン |
| アクセス | 地下鉄1号線「釜山鎮(BusanJin)」駅の1番出口を出て徒歩5分。 |
まとめ:釜山の日本統治時代・歴史的建物と水晶洞日本式家屋を巡る旅
釜山に残る日本統治時代の歴史的な建物、特に水晶洞日本式家屋は、単なる「昔の建物」ではありません。それは、日本と朝鮮半島の複雑な歴史的関係を物語る証人であり、同時に、時代を超えて人々に愛される美しさを持った空間でもあります。
「歴史」と聞くと少し身構えてしまうかもしれませんが、美しい日本式家屋のお座敷でお茶を飲みながら、かつてここで過ごした人々の時間に思いを馳せるだけでも十分な価値があります。釜山を訪れる際は、ぜひこの歴史の空間に足を運んでみてください。きっと、ガイドブックだけでは分からない、釜山のもう一つの顔に出会えるはずです。
次のアクションへのヒント
■ 釜山でのホテルについて
筆者がこの記事で紹介したスポットを旅したときは、釜山駅近くの「東横イン釜山中央駅」に宿泊しました。東横インのチェーン店なので日本語も通じて安心でした。釜山でのホテルは 楽天トラベル から探すのがおすすめです。